【中学受験算数】量より質が大事な理由と「質」の上げ方

こんにちは。算数・数学プロ家庭教師の鈴木です。

「算数の勉強は、質が大事か量が大事か」というご質問をいただくことも多いので、今日はそのご質問に対する答を、こちらでお伝えしていきます。

「質の良い問題を解かないと、成績は上がらないのでは?」

「量をこなしていれば、苦手でも何とかなりませんか?」

このように考えておられる方もいらっしゃるのですが、ここではそもそも「質」とは何の質のことを言うのか、何のために勉強の「量」を増やす必要があるのかについて、解説していきます。

ここに書いてあることは、中学受験のみならず、中学以降数学を学ぶ際にも、必ず役に立つはずです。

「質」とは「勉強のやり方の質」のこと

まず中学受験に限らず、算数に限らず、勉強の「質」が大事か「量」が大事かを考えていく際に大切なのは、「質」とは「勉強のやり方の質」を指すものだと捉えることです。

「問題の質が良い」「質の良い (あるいは悪い) 問題」などと捉えることではないと、私は考えています。

理由は2つあります。

1つ目はさまざまなお子さんを見てきて、「勉強した」という声をよく聞くにもかかわらず、いざお子さんに何が理解できているかをテストしてみても、全くできないということがあるからです。

「質の悪い勉強のやり方」=「勉強したことにならない」

よく「成果の出ない勉強法」などという言葉を耳にすることもありますが、そもそも成果が出ないのであれば、「成果の出ないやり方は、勉強していないのと同じ」です。

私はこれまで、お子さんに家庭学習をどのように進めたかを聞いてきましたが、以下のような答を返してきてしまうお子さんは、いわゆる「質の悪い勉強のやり方」をしてしまっています。

・解説を読んで、解き方を覚えただけで、実際にノートに問題を解いてすらいない

・解説やヒントなどを見ながら答を「書いただけ」

・解説など何も見ずに問題を解くところまで練習できていない

他にも、〇つけをして✖になったところを直していないなど、「質の悪いやり方」にあてはまるものがいくつもあります。

このように、「質の悪い勉強のやり方」で「(仮にあったとして) 質の良い問題 」を解いたとしても、結果として何も身に付かないということが、間違いなく言えます。

このような理由から、まずは「勉強のやり方の質」を良くする必要性があるのです。

一方で、仮に質の良い問題があったとして、「果たしてそうした問題を解くことは、今の自分にとって必要なことか?」を考える場面があります。

「問題の質」ではなく「やり方の質」だとお伝えした2つ目の理由につながってきますが、解くべき問題は「質」ではなく「自分にとっての必要性」を、まずは優先させることが大事です。

演習問題は「質」ではなく「必要性」

そもそも、どんな問題が「質の良い問題なのか?」という疑問に対する答が、人それぞれ違うことからも、「問題の質」というものは絶対的な概念ではありません。

もちろん「やり方の質」にも同じことは言えます。

しかし、テストで点数が取れないお子さんには、共通して、上に書いたような様子があったからこそ、成果の出ないやり方を「質の悪いやり方」と捉えることができます。

このような前置きをした上で、「質の良い問題」とは何かを考えていきます。

例えば「どんな難関中学の問題でも解けるようになるための解き方を身に付けられる」という意味で、「質の良い問題」があったとしますよね。

その問題は、例えばこのような問題だったとします。

{問題文はそこまで長くはないものの、文章を読んでいく中で、図を描いて「A」という解き方でできると思ったら、問題文の最後の条件から、実は難問を解く際に使う「B」という解き方で解ける問題。そのことに気付くためには、書いた図を「~という見方で見ること」と、最後の問題文を「・・・と言い換える必要性」がある。}

少し抽象的な書き方になってしまいましたが、いわゆる一つの問題の中で、以下のようなことを一度に問われるような問題と考えて下さい。

・「基本的な問題」の解き方、あるいはそうした問題への帰着のさせ方

・「A」という解き方と「B」という解き方どちらでも解けるような「2面性」に気付くこと

・問題文を図として描き表し、その図を2通り以上の見方で捉える「ものの見方」

ここまで書いて、お気づきの方もおられるのではないでしょうか。

実は、いくら上に書いた3つのことを問われる問題が「質の良い問題」だったとして、それを「できるようにしていく必要性があるかないかを判断すること」の方が大事なのです。

上の例で言うと、自分の志望校を考えたときに、「B」という解き方まで身に付ける必要性があるかないかを振り返るという視点が大事です。

大学受験の話で例えると、東大に行きたい人と明治大に行きたい人がいたとします。

東大の過去問が「質の良い問題」であったとしても、明治大を受ける人にとっては「できるようにしていく必要が今はないもの」であることも、場合によってはありますよね。

もっと言えば、今自分は、上に書いたような問題とその解き方を理解できるのか、理解できないのだとしたら、何を学んでいくことが求められるのかを振り返ることが大事です。

そうした振り返りをせずに、質が良いと思われる問題を「解いたつもりになっている」ということが原因で、結果として何も身に付いていないというお子さんを、私は多く見てきました。

いくら良い問題であっても、勉強のやり方を間違ってしまったら、お子さんには何も残らないという観点からも、以下に書く2点を意識することが大事です。

・勉強のやり方の質を良くすること (勉強したふりをしない)

・練習すべき問題は「質」ではなく「自分にとっての必要性」で決めること

「勉強のやり方の質を良くする」とは?

「質の悪い勉強のやり方」=「勉強したことにならない」ということだったので、「質の良い勉強のやり方」=「勉強したことになる」という関係性が成立します。

ここでも述べておきますが、「勉強する」とは、「今までできなかった問題を、解説など何も見ずに正解できるようになること」です。

これができてはじめて「勉強した」と言うことができ、逆にこの行動こそが、「質の良い勉強」というものになります。

「勉強のやり方の質を良くする」とは、上に書いた行動を実践することですが、実践できるようにしていくためにはどうすれば良いのか、大事なことを以下に書いていきます。

基本例題を必ず解く

まずはどの教科書、どの問題集にも載っている「基本例題」とその類題を、解説など何も見ずに正解できるようにすることが大事です。

「考え方」とは何か、以下でも述べますが、基本例題とはそもそも「考え方を身に付けるためにある題材」のことです。

もしお子さんが、そのような問題を正解できないのであれば、まずは以下に書く①から⑧のプロセスを経て「考え方」を身に付け、基本例題とその類題を正解できる状態にすることが必須です。

①正しいかそうでないかを判断する

「基本例題」を正解できないのであれば、最初は問題文だけでなく、解説も同時に読みながら「問題では何が問われているのか」「なぜこのようなことが問題になっているのか」をまずは把握して下さい。

そして、それらが把握できた (と思った)ら 、以下に書くことを意識して解説を読み進め、実際に自分でも図を描いてみたり、計算してみることが大事です。

・この問題文から、このような図を描くことは正しいかどうかを判断する

・この図から、こんな式を立てることは正しいかどうかを判断する

・立てた式を、こんな風に計算することは正しいかどうかを判断する

・このような解説になるのであれば、問題文をそもそもどう読むことが正しいのかを振り返る

・計算などを経て出てきた答は、求めるべきものとしてふさわしいかどうかを判断する

中学受験の算数は、「小学6年分の単元の融合」と「中学高校数学の先取り」で構成されているからこそ、上に書いたような思考プロセスを踏むことは、難しいかもしれませんが避けられません。

「解説を読むことなしに正解する」ということが目標ですが、現時点でそれが無理という場合もあるかもしれません。

その場合は、最初は解説を読みながら、上に書いた思考プロセスを踏むことで、「問題そのものと、問題を解くプロセスに納得できる状態」を作って下さい。

以下の②から⑤では常に、「解説を読みながら (もしくは聞きながら) 、解くプロセスを学んでいる状態」を仮定して、話を進めていきます。

②前に習った単元を思い出す

さまざまなお子さんと関わってきて、「自分の考えていることが正しいかどうか分からない」「正しいかどうかの判断方法が分からない」という声が多くありました。

そうした思いを持つお子さんに、私から「今まで習ってきた知識を使うこと」を意識しているかどうかを聴くと、決まってこんな答が返ってくることがあります。

・「前に習ったことが、ここでも出てくるんですか?」

・「前に習ったことを、ここで使っても良いんですか?」

お子さんから、逆にこのような返答をされることは、お子さんが、自分の考えなどが正しいかどうかを、「前に習った単元などを思い出しながら判断する術を知らないこと」を意味します。

例えば、中学受験の文章問題では「旅人算」という単元がありますが、これは「速さ」と「比」の融合問題だと捉えられます。

「速さ」の問題を、その前に習った「比」の問題として解くことを、不思議そうに思うお子さんもいましたが、そのお子さんも「正しいかどうかを判断できない」という思いがありました。

算数・数学においては、「前に習った単元の延長線上に、今の単元がある」という見方が非常に大事になってきます。

そうした見方を受け入れられるためにも、「このように考えることは正しいのか」という疑問を持ち、「前の単元で同じようなことをして正解できたから、ここでも正しい」と思えることが重要です。

③「なぜ正解を出せたのか」を振り返る

「前に習ったことを思い出しながら、考えていることが正しいかどうかを判断する」ということの重要性は、「なぜ正解を出せたのか」を振り返る場面において特に役に立ちます。

「なぜ正解を出せたのかを振り返ること」は、「どういったことがきっかけで、正解を出すことにつながったのか」に気付くことを目的として行います。

例えば、「こんな図を描くことは、~という理由で正しい」「こうした式を立てることは、・・・という理由で正しい」と判断できたとしますよね。

そのとき実はすでに、「この図を描いたからこそ、こうした式を立てることができた」ということに気付くきっかけができるのです。

逆を言えば、「この図を描くことなしに、この問題を正解することはできない」ということが分かるようになるチャンスがあるわけです。

そうしたチャンスを得るために、「そもそも何がきっかけで、正解を出すことができたのか」を見つけることを目的として、問題の解説などを読むことが大事です。

解説は、決して「読んで解き方を覚えるためのもの」ではありません。

④どの問題を解くプロセスにも共通するポイントを見つける

「正解を出せたそもそものきっかけ」を見つけることができたら、そのきっかけが以前にもどこかの単元で出てきたことがないかどうかを、思い出してみて下さい。

例えば③についての解説の中でも出てきたように、「この図を描いたからこそ正解を出せた」ということに気付けたとしますよね。

その際に、以前にも問題を解いたとき、「同じような図を描いたことがなかったどうか」を思い出してみることが大事です。

もし、同じような図を描いた経験があれば、どんな問題を解くときにそのような経験をしたのかを思い出すために、また更に以下の2点を振り返ってみるのです。

・その問題では、どんな条件が設定されていたのか

・問題文の最後の一文において、「何を求めなさい」と指示されていたのか

実例を紹介すると、「AさんはBさんの1/3だけお金を持っている」「太郎さんの年齢は花子さんの年齢の2倍」という条件が設定された、異なる2つの文章問題があります。

一見全く違うタイプの問題のように思えますが、実はこの2つの文章問題を解くプロセスにおいては、「お金、年齢を線分の長さに例える」ということが共通しています。

というのも、「1/3」「2倍」など「一方が他方の (何個に分けたうちの) いくつ分か」を考えなくてはならない問題にはほぼ全て「いくつ分にあたるかを、線分の長さに例える」という場面があるからです。

一方で、それぞれの問題における条件が異なっていても、問題文の最後の一文で「体積を求めなさい」という文言が共通していたとします。

体積の問題は「水量の問題」「角柱・円柱の問題」などに見受けられますが、どの問題でも「底面積×高さ」を計算することが共通しています。

もっと言えば、自分で図を描き、どんな立体になるのかを判断し、「底面となる図形を探す」というプロセスが共通しています。

このような実例から、「正解を出せたきっかけ」は (先に習っていれば) 以前にも「条件が異なっても見方が同じ問題」「問題文中の最後の一文が共通する問題」を解く際に出てきていることがあるのです。

そうしたことを思い出せると、「正解を出せたきっかけは、実はどの問題を解くプロセスにおいても出てくる」といったことに、気づく機会も増えます。

結果として、「どんな問題を解く際にも出てくる共通のポイント」を見つけることができます。

⑤共通のポイントこそ大事な「考え方」として受け入れる

さて、①から④の思考のアウトプット、振り返りなどを経て、「どんな問題を解く際にも、こんな共通ポイントが出てくる」ということに、気付けたとします。

実はその共通ポイントこそが、問題を解く上で大事になる「考え方」というものであり、逆に「これがあるおかげで、どんな問題でも解ける」と思えるような、一つのきっかけでもあります。

そういった意味での「考え方」を、「問題を解くプロセスにおいて、正解を出すためには間違いなく必要なもの」として、自分の中に受け入れることが大事です。

よく「算数は発想力・思考力が大事ですよね」などというご意見もあります。

しかし、もし「根拠のない思いつきが、問題を解く上でたまたま合ってしまうことが多い」というような意味か、もしくはそれに近い意味で「発想力」などと捉えているのであれば、それは間違いです。

算数・数学においては、問題で何を問われているのかを把握した上で、どうすれば正解できるのかを考えたその先に「考え方」があります。

つまり、問題文を読み「条件の把握 (主に図に描き起こせること) 」「問題文の最後の一文を必ず読むこと」を通して、「この問題を正解するためには、こうすれば良い」と考えられることが大事なのです。

「こうすれば良い」と考えられることはつまり、この後すぐ述べますが、「考え方をマネして使って解く」というプロセスを経ることです。

このプロセスを経ないと、問題を解き、「たまたま答が合ってしまった」という場合もあることから、「正解を出すべくして出せた」とは言えないような状況が出てきてしまいます。

⑥「考え方」をマネして使って「何も見ずに」類題を解く

実はこれまで、①の最後でも断っておきましたが、「解説を読みながら①から⑤の思考プロセスを踏む」という場合も想定してお話してきました。

算数・数学の問題を「解説など何も見ずに正解できるようにする」ためには、最初は「解説を読みながら」でも、①から⑤の思考プロセスを踏むことが大事です。

その思考プロセスを踏み、⑤でもお話したように、「考え方」を受け入れることができたとします。

つまり、「こうすることで、どんな問題でも解ける」と確信できた場面があるとします。

そうしたら今度は、その「考え方」をマネして使って解くことができる「類題」を「解説・ヒントなどを見ることなく解き、正解を自分で出すこと」が大事です。

ここでようやく、算数 (数学も同じです) の勉強においては、本格的に「解説を読むことなしに」という条件を付けた上で、問題を解き、正解を導くという段階に入ります。

「解説を見ずに、考え方をマネして問題を解き、正解を出す」という段階にまで達していないお子さんは、厳しい言い方になりますが、勉強したとは言えません。

⑦類題を解き「見直しの仕方」も身に付ける

類題を「考え方をマネして使って解く」というプロセスにおいては、①でお話してきたことと同様に、解説など何も見ずに「正しいかどうかを判断する」という場面があります。

つまり、①では「解説に書いてあることは、正しいことなのかどうか」を判断してきたのに対して、今度は「自分が今考えていること」「自分が書いていること」などが正しいかどうかを、判断します。

このとき大事なのは、「解説など何も見ずに」という条件が付くことです。

このように、「何も見ずに、正しいかどうかを判断すること」は、そのことだけで、「見直しの仕方を身に付けること」にもつながります。

「こうしたことを思い出し、こんなことを確かめられると、考えていることが合っている」と思えてなおかつ、それが正しかった場合に限り、「見直しの仕方が身に付いた」と言えます。

多くのお子さんを見ていて、「テストで点数が取れない」というのは実は、ここでお伝えしているような「見直しの仕方を身に付けること」が抜けていることが原因である場合も、間違いなくあります。

見直しについては、以下の記事でも解説しておりますので、ぜひご一読下さい。

https://sugaku1bann.com/2021/11/20/minaosinosikata/

⑧解説など何も見ずに「正解を出せる」

すでに書いてきたことではありますが、「解説、ヒントなど何も見ずに正解を出せる」ということができてはじめて「勉強した」と言えます。

これまで私が書いてきたことをまとめると、以下のようになります。

・問題文を読み、「何が問われているか、なぜこのようなことが問われているか」を把握する

・問題の解説中において「描かれた図」「計算式」などが、問題を解く上で正しいものかどうかを、「前に習ったこと」を思い出しながら判断する

・「どの問題を解くプロセスにおいても共通するポイント」を見つけ、それを大事な「考え方」として受け入れる

・「同じ考え方で解ける類題」を「考え方をマネして使って解くこと」を経て、「解説など何も見ずに正解できる状態」にする

これらのプロセスを経て、「今までできなかった問題」を「できるようにすること」が何よりも大事です。

「勉強のやり方の質」を良くするために問題演習の「量」を増やす

さて、今までは「勉強のやり方の質を良くする」というお話をしてきました。

その中で、「どの問題を解くプロセスにおいても共通するポイント」を見つけることが大事だとお話しました。

もうお分かりかと思いますが、そのことを可能にするためには、必然的に「問題演習量」を増やす必要があります。

「前に習った単元を思い出すこと」「解くプロセスにおける共通点を見つけること」は、当たり前ですが、問題演習をしていなければできません。

更に大事なことを言うと、各学年で習う単元ごとに出題される「基本例題とその類題」を数多く解き、「何も見ずに正解できること」が重要です。

なぜなら、「基本例題」とはそもそも「考え方を身に付けるためにある題材」だからです。

「数多くこなす」という声をよく聞きますが、「いろんな問題を数多くこなす」などという意味で捉えてはいけません。

考え方を身に付け、その考え方を「マネして使う」ということが何より大事であり、「何も見ずに正解できること」が重要なのです。

それを叶えていくために、「基本例題の問題演習量を増やす」ということになります。

この記事に書いてあることとも共通しますが、以下の記事で「基本の身に付け方」について解説しておりますので、ぜひご一読下さい。

https://sugaku1bann.com/2021/12/14/kihonnnominitukekata/

私がこれまでお伝えしてきたことを、動画でも解説しておりますので、ぜひご覧いただけると幸いです。

まとめ

これまでに、さまざまなお子さん、親御さんのお話を聴いてきました。

そこで分かってきたのは、結局のところ、私がここで書いてきたことを、お子さんが「できているかできていないか」の違いが、「算数 (数学) ができるかできないか」を決定するということです。

いくらお子さんが「勉強した」とは言っても、ここに書いてきたようなことができていないのであれば、勉強できたことにはなりません。

また、親御さんからご覧になって、「子どもが机に向かっているのに成績が伸びない」と思われる方もいらっしゃいますが、同じように「机に座っているだけ」になっている可能性もあります。

もし、お心ある方は、この記事もご参考にしていただき、本当の意味で「勉強したことになる」まで、お子さんを見守って下さると幸いです。

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